この怪物は良く見るとライオンのような形をしており、M.G.M.のライオンがモデルになっているそうだ。邪悪な心の権化がM.G.M.のロゴって・・・
レーザー光線などの特撮の合成はアニメーションで描かれているのだが、これはディズニー・プロの協力を得て作られたもの。そう言われてからあらためて見てみると、どことなくユーモラスな印象を与える造型かもしれない。

ここで、眠っていたモービアス博士が目を覚ますシーンが挿入されており、それと同時に怪物が姿を消すので、映画を見ているほとんどの人が、この場面で怪物の正体にうすうす気付き始めるという仕組みになっている。

「原子核分裂では透明にはならない。30億ボルトでも平気な有機体となると、その構成は重核物質のはずだが、それにしては軽すぎる。つまり、奴は分子構造を絶えず新しくすることが出来るんだ。」
ドクターのセリフは頭がよさそうだなぁ。子供の頃、怪物の正体に迫るこのセリフだけでもワクワクしたものです。船長は何だか腑に落ちないような顔だ。

翌日、三度モービアス博士を訪ねる船長とドクター。ドクターは船長の目を盗んでさきにIQ増幅装置を使用してしまう。
知能が飛躍的に向上したドクターはその正体に気づき、「イドの怪物」という言葉を残して命を落とす。ドクターは自らの命と引き替えに、怪物の正体を突き止めたのである。

イド(id)というのはラテン語で、それ(it)、の意味。人間が生まれつき持っている無意識の本能的衝動、欲求など精神的エネルギーの源泉を指す。
映画の中では、『古代惑星語で潜在意識の基本原理を表す語』と表現されていて、これによって『モービアス博士の潜在意識が生み出した怪物』という正体が判明する。

クレル人は、頭で考えるだけで全ての物を実体化できるという究極の技術を手に入れた。しかし、それがクレル人の潜在意識に作用してしまったために、心の奥深くにわずかながら残っていた凶暴性が「何か」を実体化させてしまい、一夜にして滅んでしまったと推測される。

命を落としたドクターに「忠告を無視した報いだ」と冷たいモービアス博士を目の当たりにした娘のアルタは、父と離れ船長と一緒に地球へ行く決心をする。それを知ったモービアス博士の潜在意識が新たな怪物を生み出す結果となり、娘のアルタにも危機が迫る、というのがこの映画のクライマックスとなっている。

モンスター(イドの怪物)が出てくる映画でありながら、本当の敵は自分自身の内にあるという奥の深い物語。人間の潜在意識を実体化するという発想は名作『惑星ソラリス』とも共通のもの。

これほどの素晴らしい作品でありながら、公開当時は200万ドルもの制作費をかけたわりには受けなかったらしい。一般に受け入れられたのはロボットのロビーで、その人気により翌年にはロビーを主役にした続編、『宇宙への冒険』が作られることになりました。

イドの怪物や無限にコピーを作れるという万能ロボットのロビー、モービアス博士によるクレル文明の説明などは、あり得ないと解っていても理屈抜きで納得。想像力に溢れたこの作品は空想科学映画という言葉が良く似合うと思う。
ロビー・ザ・ロボットは言うまでもなく、C-57-D号が着陸する惑星のマット画、レトロ感たっぷりの居住区などのデザイン、見るものを圧倒するクレル文明の地下施設、光線銃にバリアー、そしてSFファンにはたまらないであろう全編に流れるSF的な電子音楽と効果音。

映画の舞台がモービアス博士の居住区とその周辺に限られており、セットとマット画が大部分のため、宇宙SFでありながら舞台劇を見ているような感覚になる事がある。もしかしたら、元ネタがシェイクスピアという事が影響しているのかもしれない。

この映画は、個人的に絶対にリメイクして欲しくない作品ナンバー・ワンだ。

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