1973年ダンフォースは『キング・コング』のリメイクの企画をユニヴァーサルに売り込むが、モンスター映画の需要は少ないとの判断から却下されてしまいます。ところが『ジョーズ』(1975)の大ヒットにより再びモンスター映画が脚光を浴びるようになると、ユニヴァーサルは『キング・コング』のリメイクを作ろうと動き出し、ダンフォースに参加を要請。ダンフォースはこの申し入れを受けて1975年にカスケード・ピクチャーズを退社し、ユニヴァーサル版『キング・コング』に参加を決めました。
ところがここで問題が起きてしまいます。イタリアの製作者ディノ・デ・ラウレンティスが先に『キング・コング』のリメイクの制作を開始しており、裁判所にユニヴァーサル版『キング・コング』の製作の差し止めを提訴。結果的に、ユニヴァーサル版『キング・コング』は制作中止となってしまうのです。ディノ・デ・ラウレンティス側は、仕事が無くなってしまったダンフォースに恐竜のストップモーションを依頼するが、脚本がひどいとの理由でダンフォースはこれを却下。結果的に、完成した『キング・コング』(1976)には、恐竜の代わりに大蛇が登場するという、モンスターファンには不満が残る作品となってしまいました。
ちなみに、ディノ・デ・ラウレンティス版『キングコング』の監督ジョン・ギラーミンは「オリジナルの『キングコング』は出来が良くないので、我々は違った作品を作り上げる」と言っていたそうです・・・
太古のジャングルでの恐竜との戦いが無ければ『キング・コング』らしくないのも事実だが、オリジナルと比較しなければ、映画自体はそれほど悪くない、というのが個人的な評価。
ダンフォースは職人気質、悪く言えば協調性がなく、組織的な集団作業を好まなかったらしい。そんな性格も災いしたのか、トップクラスの実力がありながら、次第にダンフォースへの仕事の依頼は少なくなっていきました。得意とするアニメーションによるモンスター映画などの需要が減っていたこともあり、ダンフォースは得意のマット画などで活躍することになります。
ジャンルを問わず数多くの作品を手がけていたダンフォースが、ハリーハウゼンの依頼により、久しぶりにモンスター映画に参加しすることになりました。その映画とはハリーハウゼン最後の作品となった『タイタンの戦い』(1981)でした。天馬ペガサスや双頭の犬ディオスキロなどのアニメーションを担当し、アニメーターとしては第一線から退いていたにも関わらず、その腕がまだまだ超一流であることを証明しました。
『スター・ウォーズ』(1977)が制作される時、ダンフォースはルーカスと打ち合わせをしているのですが、結局ダンフォースは不参加を決めてしまいます。この作品は特撮映画に革命をもたらし、『スター・ウォーズ』以降とそれ以前の作品という考え方が、特撮ファンに広まってしまったことは否定できません。参加しなかったダンフォースは、何となく旧時代の特撮マンというイメージが強くなってしまったのでしょうか?
すでに大ベテランで現在はあまり目立った活躍をしていないダンフォースですが、今でも映画のVFXなどを手がけている現役の特撮マンです。モンスター映画の製作にも意欲的であり、もしかしたら特撮担当ジム・ダンフォースという新作映画を見ることが出来るかもしれません。低予算でもいいから作って欲しいものです。