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ペガサス タイタンの戦い


リメイク版『タイタンの戦い』絶賛上映中!

というわけで

今回は、ハリーハウゼンのモンスター図鑑の第十四弾として、ペガサスについてでも書いてみようかなぁ、と。

上の写真は18世紀にイタリアの画家ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロによって描かれたもの。映画でもペルセウスがペガサスに乗り飛行するシーンがありますが、神話ではペルセウスではなくベレロフォンです。

ペガサスとはギリシャ神話に出てくる翼を持つ天馬ですが、海神ポセイドンと妖女メドゥーサの子供であるという事を知っている人は少ないかも知れません。

ポセイドンがどうやってメドゥーサと交わったのか、という事の詳細はギリシャ神話には記されていないようです。よほど好き物の神様だったのか、あるいは石に変えられないように目隠しでもしたのか・・・

別の説によれば、まだメドゥーサが美女だった頃にアテナの神殿でポセイドンと交わったために、女神アテナの怒りを買い醜い姿に変えられた、という事です。

まぁ、とにかくポセイドンの子を身ごもったメドゥーサがペルセウスに首を切り落とされ、その血が大地にしみこみそこから生まれた、あるいは首の切り口から生まれた、とされているのがペガサスというわけです。


神話によると

生まれるとすぐに天に昇りゼウスの馬となり、雷霆を運ぶ役割をするようになった

ヘリコン山が高くなりすぎて天まで届きそうになった時、蹄で山を打ち付けて低くした

英雄ベレロフォンと共に怪物キマイラを倒した

などの伝説があり、その美しい姿とは裏腹に、怪物の血筋を引くれっきとしたモンスターであると言えます。

ハリーハウゼン作品では、ペルセウスの愛馬として登場。ギリシャ神話好きの私としてはちょっと複雑な心境ですが、神話の通りにペルセウスが飛行靴で空を飛んだのではやっぱり絵になりませんから、これは仕方が無いでしょう。

このペガサスをアニメートしたのはハリーハウゼンではなく、ジム・ダンフォース。時間的に余裕のなかったハリーハウゼンが最も信頼するダンフォースに仕事を依頼したとの事。


ストップモーションで動かされたペガサスを最初に見た時、翼を羽ばたかせながら競走馬のように天を駆け抜けるという、そのあまりにも優雅な動きに感動したのを覚えています。

実際の映画では、ほとんどアップになる事は無かったのですが、モデルの写真を良く見てみると


結構大きくて作り物とは思えないほどリアルな質感ですが、これは山羊の胎児の皮で全体を覆って、羽は白い鳩のものを使っているそうです。

何だか剥製みたいで、ちょっと気色わるいほどです・・・

天上の星座となり、不死のシンボルともなったペガサス。その美しい姿は多くの作品で映像化されましたが、ハリーハウゼン作品ほど優雅な飛行シーンは見た事がありません。

リメイク版『タイタンの戦い』ではもちろんCGで描かれているのでしょうが、テレビのCMを見る限りでは、ストップモーションとはスピード感が違うといった印象で結構期待できそうです。

しかし、私の住む街にはイオン・シネマがあるにも関わらず、なぜか2D上映のみ・・・何で? どうしても3Dで鑑賞したい私としては、連休を待って遠くの映画館に行くしかありません。あぁ、早く観たい。

S.F.第7惑星の謎


『S.F.第7惑星の謎』(1961)

「想像力には限界が無い。空想から現実を作り出す能力は、人類の宝であり、それを使って時間と空間を征服した。」

冒頭のナレーションと太陽系の惑星間を突き進むロケットの映像。最初の数分間で私はこの映画に引き込まれてしまいました。

この作品はイブ・メルキオールがAIPから資金を得て脚本を書き、シドニー・ピンクに監督を依頼して製作されたもの。ちなみにAIPとはアメリカン・インターナショナル・ピクチャーズ(American International Pictures)の略で、1950年代、60年代に数多くの低予算映画を製作していたアメリカの映画会社です。

シドニー・ピンクとイブ・メルキオールは、『巨大アメーバの惑星』(1959)や『原始獣レプティリカス』(1961)でもコンビを組んでいます。

この映画の舞台は、宇宙旅行が可能となった2001年(笑)

国連政府が地球を治め、戦争も大量殺人も克服した人類(大笑い)は知識を求め、太陽系のほとんどの惑星を探検したが、生命の存在する惑星はまだ発見されていなかった。国連宇宙艦隊により探検は継続され、天王星から発せられる放射線の正体を突き止めるため、五人の調査隊が第7惑星へと旅立つ・・・

うーむ、40年後にはこんな未来が実現していると、本気で考えていたのでしょうか?

天王星に到着した乗組員たちに次々と奇妙な現象が起こります。


ロケットを包み込む奇怪な光と怪しげな声、次々を気を失う隊員たち。気がついてみると手に持ったリンゴが腐っている。一体どれほどの時間が経過したのか? ロケットの着陸地点には緑の大地が突如出現。

どうも様子がおかしい・・・

探検隊が着陸してみると、そこは隊員の一人が子供時代に過ごした思い出の土地にそっくりだった。植物を抜き取ると根が全く無い。一体どうやって成長しているのか? 隊員の一人がリンゴをかじる。ちょっと待て、さっき通った時にはリンゴの木なんて無かったぞ? やがて隊員たちは、自分達を囲んでいる力の場(フォース・フィールド)の存在に気付く。一体ここは何なのか? 外の世界はどうなっているのか?

さらに奇妙な現象は続く・・・

昔話をする隊員たちの背後では、彼らの記憶そのままの環境が現実のものとなって行く。そして、親しげに振舞う女性達の出現。彼女たちは、隊員たちの憧れの女性や昔のガールフレンドだった。

まぁ、こうなってみると、ほとんどの人がカラクリに気が付くでしょうけど。

これらの現象は、潜在意識や願望を実体化できる能力をもった怪物が作り出した幻影で、放射線の正体は、ロケットを奪って地球へ行こうとする怪物の罠だったというわけ。

人間の記憶を実体化する惑星

と聞いて誰もが思い出すのがアンドレイ・タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』(1972)でしょう。

『第7惑星』が『惑星ソラリス』の元ネタになったという説もあるようですが、『惑星ソラリス』の原作が発表された年と『第7惑星』が製作された年は共に1961年。
脚本のイブ・メルキオールが、すでにスタニスワフ・レムの小説を読んでいた可能性も否定できません。

と、ここまで書いて思い出したのですが、

人間の記憶を実体化させるという話は1950年、レイ・ブラッドベリの『火星年代記』でにすでに書かれていましたね。これより古いので何かあったかなぁ・・・?

話を『第7惑星』に戻しますと・・・

この映画にはジム・ダンフォースがストップモーションで動かした一つ目の怪物が登場します。『ジャックと悪魔の国』(1962)のペンドラゴンのモデルを流用したもので、デザインも同じくウォー・チャンが担当。


しかし、これ・・・

最初は全身毛で覆われたモンスターだったそうですが、AIP側がデザインを気に入らず、モデルの毛を剥がしてしまったためこのような姿になってしまったのだとか。

映画の見どころの一つになるハズのモンスター登場シーンですが、人間との絡みもなくただ単体で動いている様は、いかにも後から撮り直して編集したというのがバレバレ。巨大グモもバート・I・ゴ−ドン監督の『吸血原子蜘蛛』(1958)の流用だし・・・映画のポスターとこれほど違いがあるのも珍しいですね。


それはともかく

地球に帰還するために探検隊一行は怪物退治に乗り出すわけですが、その探検隊の最大の敵というのが、結局のところ惑星に棲む怪物そのものではなく、いわゆる煩悩のようなもの、あるいは自分自身のトラウマである、というのはとてもいいアイデアだったと思います。

この映画は冒頭のナレーション通り、想像力を駆使したアイデアで、低予算ながらもなかなか魅力のある作品となっております。

というよりも

ただ単に私が惑星探検をテーマにしたSFが大好きなだけかも知れませんけど・・・

クラーケン タイタンの戦い


以前に私のブログで「タイタンの戦いがリメイク決定」というニュースに触れましたが、いよいよその公開時期が迫ってきました。

というわけで、今回はハリーハウゼンのモンスター図鑑第十三弾として、クラーケンでも。

多くの映画で巨大なタコやイカの姿で描かれているクラーケンは、北欧の船乗りたちの間で語り継がれてきた怪物で、ギリシャ神話とは無関係。

ウィキペディアに結構詳しく載っていました→クラーケン(Wikipedia)

ちょっと補足

クラーケンに関しては様々な伝説が残されています。

18世紀中頃の伝説では、クラーケンはその巨大さゆえに、誰もその全体像を見ることができなかったとされています。
海上に出ているのは体のほんの一部で、それが島のように見えるので、船乗りたち怪物とは気付かずに上陸する事もあったとか。
すると、触角のようなものが何本も伸びてきて、それに捕まれば人間だろうが巨大な船だろうが、なすすべなく海底に引きずり込まれてしまったそうです。

このあたりの伝説が、18世紀の後半から19世紀にかけてクラーケンが巨大なタコやイカの姿で描かれるようになった理由だと思われます。

19世紀初頭のイメージがこれ


クラーケンは恐ろしい怪物であると同時に豊漁をもたらす神獣とも言われていました。
よーするに、クラーケンが餌として魚をおびき寄せるから、クラーケンいる所に魚あり、大漁大漁というわけです。クラーケンの上で釣りをする猟師もいたとか。しかし人間がその餌になっていまった場合は魔獣扱い。勝手なものですな・・・

下の画像はハリーハウゼンがスケッチしたクラーケンです


イーマ竜のような顔に五本の指がついた手、魚のような尻尾。吸盤のようなものにかろうじてタコの面影があります。
良く言えば独創的なのでしょうが、醜悪なモンスターを勝手にクラーケンと呼んでいるだけのような気も・・・

ただ、ハリーハウゼンは北欧神話の海獣とは別物、というのをほのめかすような事を時々インタビューで語っているのですが、全く無関係という事は無いでしょう。

『キングコング』での生贄のシーンに影響され、少しでも「人間」をイメージさせようとした結果、このようなデザインになったのだとか。
確かに、生贄となったアンドロメダの前でタコの触手が暴れていても、イマイチ絵にならないような気がします。

それに、タコは『水爆と深海の怪物』(1955)でとっくの昔に登場してますから。

ちなみに、このクラーケンのモデルは1.2メートルもあり、ハリーハウゼンが扱った全てのアニメーション用モデルの中でも最大の物だったそうです。アニメートするのも大変だったようで、もう年なのに・・・

えーと、リメイク版『タイタンの戦い』ですが、先日映画館でもらったチラシを見る限りでは、クラーケンはもちろん、メドゥーサ、ペガサスなどのキャラクターも登場するようです。そして冥界の王ハデスが主人公ペルセウスの敵役だとか。

となると

ギリシャ神話の「ペルセウスの物語」からはますますかけ離れた内容となるわけですが、いったいどんな作品になることやら・・・ただ、3Dで見れるのは非常に楽しみではあります。ド迫力の映像に期待。

ギリシャ神話のオリジナル「ペルセウスの物語」がどんな話なのか、私のホームページの方に書いてありますので、興味のある方はどーぞ。

ペルセウスの冒険(ギリシャ神話)

ロード・オブ・ザ・リング/指輪物語 アニメ版


誰もが知っている『ロード・オブ・ザ・リング』ですが、これは1978年に『指輪物語』としてアニメーション化された作品。監督のラルフ・バクシは、ディズニーが「アニメーション界のプリンス」と呼んだ天才アニメーター。

私のブログでファンタジー作品を扱うのは珍しいのですが、それは私がSF作品ほどファンタジーが好きではないから・・・いや、ファンタジー映画は大好きです。ただSFほど好きではない、というか、ほとんどの映画は一回見れば十分。特に「魔法と剣」の物語は・・・あ、『指輪物語』は面白かったですよ。

ちょっと映画と話ががそれますけど

よくSFとファンタジーの区別が難しいという事を耳にしますが、そんな事はないですよね? 私の中では全く違うジャンルなんですけど・・・

多くの人が言う、SFとファンタジーの違いがはっきりしないというのは「自分が読んだ本や、鑑賞した映画がどちらのジャンルに属しているのか分かりにくい」という事と「SFとファンタジーの境界線がはっきりしない」という事を混同しているだけの場合が多いように思われます。

「現実には存在しない、また存在しえない事柄を扱うのがファンタジーで、現実に存在しうる、また将来いつか存在するようになるだろう事柄を扱うのがSF」と言ったのはSF作家であるフレドリック・ブラウン。

どれほど荒唐無稽な物語であろうとも、その中で起こる事象に科学的な説明をつけるのがSF。たとえその「科学的な説明」とやらが間違っていようが、です。ファンタジーではそれは魔法や魔術による業という事になります。

ある物語で主人公が危機に直面した場合

ファンタジー映画では「魔法世界の法則によって事象が説明され、魔法や魔術で登場人物たちの問題が解決される」という事が多いわけです。

魔法合戦に負けた魔法使いが、別の魔法で窮地を脱して、人間の仲間を魔法で助けて、みたいなのがちょっと、ねぇ・・・こういったのがどーにも私の性に会わないのです。

SFではそういった危機を回避する手段として魔法を用いる事は決してありません。

話を映画に戻して

最初にジャクソン版を見た時、バクシ版アニメをそのまま実写化したのかと思ったほど両者は良く似ています。


これは、どちらの作品も原作に忠実という事ではなく、ピーター・ジャクソンがバクシ版にかなりの影響を受けて『ロード・オブ・ザ・リング』(2001)を作ったというのが正解でしょう。実際、ピーター・ジャクソンはこのアニメ版をみて『指輪物語』を知り、原作のファンにもなったそうです。

この作品で特筆すべきは、「ロトスコープ方式」で作られた映像。

アニメを作る前に、実際の役者に衣装を着せて演技させ、それをフィルムに撮影。それをベースにして一コマずつセルになぞって丁寧にインクをのせていくというやり方。これは大変な手間がかかりそうです。

結果的に、アニメ版とは別にライブアクションの実写版が存在するという事になるわけで、ロトスコーピングにかかる費用は通常のアニメの約5倍の金額だとか・・・

この方式を最初に用いたのが、『スーパーマン』(1941)で有名なフライシャー兄弟。ディズニーも部分的にロトスコーピングを用いたりしましたが、映画全編に渡って使用したのは『指輪物語』が初めてとの事。


このアニメ版は二部作の前編として製作された作品なのですが、かかった費用を回収できなかったのか、結局続編が作られる事はありませんでした。その結果、『二つの塔』の途中、ガンダルフが復活して仲間と再会、次の戦いが始まるあたりで映画が終了してしまうのです。

そんな理由からか、現在DVD化されたものには当時は無かったナレーションが追加され、戦いに勝利した時点でハッピーエンドとなっています。続編が作られなかった故の苦肉の策とはいえ、かなり強引な印象はぬぐえません。

私が持っているビデオ版とエンディングが違う・・・

公開当時は「ディズニーを超えた」だの「アニメ界に革命をもたらす作品だ」などと言われた『指輪物語』ですが、原作のファンと評論家には総スカンだったようで・・・

確かにそのリアルな映像は目を見張るほど美しいものでしたが、他のアニメ作品をこの映像で見たいか、と言われるとそれはちょっと・・・
リアルなほど良いってものでもないでしょうし、これほどのリアルさを必要としているアニメの題材が他にどれほど存在するのかもちょっと疑問。

しかし、この『指輪物語』に関して言えばロトスコーピングはぴったりの技法だったと思います。風景や色彩、人物の動きなどは素晴らしく、特に群集や戦闘シーンの迫力は圧巻。

『動く絵画』と呼ばれたのそ美しい映像は、背景を見ているだけでも画面に引き込まれる事必至。


地球の頂上の島


『地球の頂上の島』(1973)はディズニー製作のSFアドベンチャーで、原作はイアン・キャメロンの『呪われた極北の島』

舞台は1907年のロンドン。イギリスの大富豪アンソニー・ロス卿が、北極圏で行方不明になった息子ドナルドの捜索をアメリカの考古学者ジョン・アイバーソン教授に依頼する。ドナルドが残した二つの手がかりを調査したところ、それは北極奥地の海岸線とぴったり一致する地図であることが判明。アイバーソン教授とロス卿、船長でありパイロットも兼ねるブリューの三人は、飛行船「ハイペリオン号」で「地球の頂上の島」を目指し北極圏へと飛び立つ・・・

この作品も昔はよくテレビで放送されていましたが、DVD化はされていないようです。ディズニーの実写映画って、こういうの多いですね。
映画関連の書籍でもほとんど取り上げられる事が無い作品なので、どういう評価をされているのかもさっぱり分からないのですが、私は大好きな映画です。

監督のロバート・スティーヴンソンは『うっかり博士の大発明/フラバァ』(1961)、『難破船』(1963)、『メリー・ポピンズ』(1964)、『ラブ・バッグ』(1969)など、ディズニーの実写の娯楽作品の多くを手がけています。これらの作品から大体想像がつきますが、この作品も典型的なファミリー向け冒険映画。

特撮は『ミクロの決死圏』(1966)でアカデミー視覚効果賞を受賞したアート・クルイックシャンクや『メリー・ポピンズ』(1964)のマット技術でオスカーを受賞したピーター・エレンショウなどが担当。

そういえば、最近は聞きませんけど、昔は「ディズニーのSFX」は「頭脳のSFX」だなんて言われていましたね。個人の名前がクローズアップされる事が少ないディズニーのSFXマンはまさに影の実力者。
たしかにディズニーの特撮って、技術そのものが最先端でなくとも、その使い方が非常に上手ですよね? 特撮だけでなく、動物などの使い方も同様で、本当に動物が演技しているように見せるのが実に上手い。

音楽を担当したのはモーリス・ジャール。この人は凄いですねぇ・・・

『史上最大の作戦』(1962)『アラビアのロレンス』(1962)『ドクトル・ジバゴ』(1965)などの名作映画から、『トパーズ』(1969)『危険な情事』(1987)『追いつめられて』(1987)などのサスペンス系作品、さらには『マッドマックス/サンダードーム』(1985)『第5惑星』(1985)などのSF作品まで、尋常じゃないほど幅広いジャンルの音楽を手がけています。

映画の内容はいかにもディズニー、見どころも盛りだくさん。

まずは、なんといってもハイペリオン号


日の出をバックにした出航シーンから、北極圏の氷河の上空を優雅に舞う姿、嵐の中の決死の飛行、そしてクライマックスの大炎上シーンまで、映画全編を通じて大活躍するこの飛行船は、この映画の主役と言ってもいいほど。

そのハイペリオン号から見える地上の光景、アザラシ、一角クジラ、白イルカなどの自然の動物たち。これらの空撮も見どころの一つ。

北上を続けるハイペリオン号は、雲に隠れた謎の島を発見するも嵐と遭遇、氷山に激突し、船長以外は船外に投げ出されてしまいます。
地上に置き去りにされ、歩き続けた探検隊一行は、やがて緑の茂る異郷を発見。
火山の熱によって緑が生い茂った地に、難破船で流されたバイキングの子孫が住みつき、世界から孤立した文明を独自に築いていたのでした。

息子ドナルドとはここで再開を果たすのですが、一行は侵略者と勘違いされ、バイキング達に追われる事になります。

冒険、冒険また冒険といった展開が続く・・・


火あぶりの刑から間一髪逃れ

溶岩に襲われ走って逃げる逃げる

火口から地下の世界へと進入

氷に覆われた世界を歩き続け

流氷で海を渡り

どう猛なシャチの群れに襲われ

やがてクジラの墓場へと到着

そして船長との再会

ハイペリオン号で元の世界を目指すもバイキングとも再会

バイキングの一人が放った炎の弓矢により、大炎上する飛行船

間一髪飛び降りて九死に一生

そして迎えたエンディング

島の存在を決して他言しない事を条件に、一行は島を去る事を許されます。

意外とあっさり・・・

で、考古学者は「ここに残る」と良くあるパターン。

というわけで

あれだけの危機に見舞われながら、探検隊一行が結局最後まで全員無事、というのがいかにも子供向けなのですが、大人の鑑賞にも充分堪えられる正統派の冒険映画だと思います。

この映画を鑑賞して感じるのは、ジュール・ヴェルヌ原作の映画と非常に良く似た雰囲気であるという事。ディズニー製作という事もあってか、さらにファミリー志向が強くなっています。

上の画像からも分かるように、この作品ではマット画がとても効果的に使用されていました。バイキングの島へ到着してからその島を去るまで、風景に多く使用されたマット画は目を見張るような美しさ。

時代を超えるアクの強さというものが感じられないものの、やっぱりディズニーはいいなぁ、ディズニー作品最高! と思える一本です。


飛行船なしで無事帰れるのか・・・

宇宙から来たティーンエイジャー/宇宙からの少年


たまには本当の最低映画でも取り上げてみようかなぁ・・・

というわけで、

今回は、『宇宙から来たティーンエイジャー/宇宙からの少年』(1959)

地球の侵略を企む宇宙人の一人(この人がティーンエイジャー)が、地球人の女性と恋に落ち、仲間を裏切って侵略を阻止する、というお話。

トム・グレーフという人が一人で監督、製作、脚本、撮影、特撮、編集、音楽の全てを担当しています。

ほとんど個人製作ですね、スタッフは勿論いたのでしょうけど。

もっとも、音楽を担当したとはいっても、自分で作曲したわけではなく、劇中で流すBGMを多少のお金を払って使用したという事。

これは本当にサイテーな映画です。これを見たらエド・ウッドの『プラン9』など超大作に見えてしまうほど。


ハリボテの円盤、地球人とは衣装が違うだけの宇宙人、光るだけの玩具の光線銃、モンスターに至っては単なるロブスター、そしてひねりの全く無いストーリー・・・

SF映画では定番の要素が揃っているにも関わらず、見どころも語りたい事も全ありません。ただ、これが結構笑わせてくれるのです。

この作品、以前に私のブログで空飛ぶ円盤の写真を集めた時に、あまりにも滑稽な宇宙人の登場シーンを紹介した事がありました。


円盤のフタ?を開けて宇宙人が登場するシーンは失笑ものですが、これ以外にも、あまりにも可笑しなシーンが続出します。

通勤のような宇宙人の登場シーンから、光線銃で白骨化して崩れ落ちる犬、どうやってバランスを取っているのか不思議なクライマックスのロブスターまで、もう、何と言ったらいいのか・・・

動きがないと面白さが伝わらないので、動画でもどーぞ。

http://palladion.fantasia.to/TEENAGERS.mov

これは、何度見ても本当に酷いなぁ・・・

でも、

はっきり言ってこの作品などまだマシな方です。

円盤が出てきて、合成技術が使用されているだけでもマシ。ほとんどの人が知らないだけで、これより酷い映画などごまんとあります。

劇場公開された映画、レンタル作品、そしてテレビを見ているだけではこんな作品には出会えません。

出会ったぶんだけ時間の無駄かも・・・

ブラックホール(1979年ディズニー版)


『ブラックホール』の舞台は2130年の近未来。NASAの小型探査船パロミノ号が巨大宇宙船に遭遇。それは20年前にブラックホールの調査に出かけ、帰還命令を無視したまま消息を絶った実験船シグナス号である事が判明。ドッキングに成功したクルーがシグナス号内部で出会ったのは、天才科学者ラインハートと彼によって作られたロボットたちだった・・・

2000万ドルの制作費は、当時としてはディズニーの歴史が始まって以来の最高額。150箇所以上にも及ぶマット・アートはこれまた当時の新記録。

この映画で最も印象に残っているのは、

テレビや雑誌での大々的な宣伝と、公開後の評判の悪さ・・・

明らかに『スター・ウォーズ』(1977)の大ヒットで巻き起こったSFブームに乗っかる形で作られたこの作品は、興行的にも失敗し、公開直後から現在まであらゆる雑誌で酷評されてきました。未だにDVD化も無し。

まぁ、その評価も分からなくもないです。

ただ、

前評判とのギャップ、そしてどうしてもディズニーというフィルターを通して見てしまう事によって必要以上に評価を下げている気がするんですけど・・・

たしかに見ていて、ちょっと痛い、というか苦笑させられるシーンが多いのも事実なのですが、単純に面白いと思うんですけどねぇ、私は大好きな映画です。

これほどSF的な要素を詰め込んだ映画も珍しいでしょう。大金をかけた意欲作である事は間違いなく、見どころもたくさんあります。

まずは『007シリーズ』で有名なジョン・バリーが担当した音楽。オープニングのテーマ曲は、それだけで作品に引き込まれるほどの迫力がありました。

全てが宇宙でのシーンであるというのいもイイですよね。
この作品で特撮を担当、「シグナス号」をデザインし、マット・アートを描いたのはピーター・エレンショウという人。ディズニー初の実写映画を作り始めた時のメンバーで、ディズニー作品で多くの特撮を手掛けています。
全てのシーンが宇宙空間という事は、ほとんどのシーンでピーター・エレンショウのマット画が使用されているという事です。
下はその一例ですが、なんと美しいこと・・・


映画の前半、それまで沈黙していたシグナス号が、クリスマス・ツリーのように輝くシーンは鳥肌が立つほど感動しました。

たくさんのロボットが登場するのもこの映画の特徴。引力を遮断するシステムのおかげで、空中をふわふわと移動する姿が印象的でした。


「マクシミリアン」は映画に登場する悪のロボットの中でも、最も奇怪で冷酷な印象を与えたロボットのひとつ。

漫画っぽい動作で、映画全編で愛嬌を振りまいていた「ヴィンセント」
エスパーとヴィンセントがテレパシーで通信するシーンはB級SFの匂いが・・・

『宇宙空母ギャラクティカ』のサイロンっぽい歩哨ロボット

ラインハート博士が作ったというロボット軍団の不気味さは秀逸。ロボットの仮面をそーっとはがすシーンは結構ドキドキしました。
その正体は、博士に改造され意思を奪われたシグナス号の乗組員の成れの果て・・・これは怖かった。

俳優さんたちはユニークな顔ぶれ。お遊びで若い頃と比較してみます。


上から

マクシミリアン・シェル
『遠すぎた橋』(1977)

アンソニー・パーキンス
『サイコ』(1960)
あまり印象は変わりません

イヴェット・ミミュー
『タイム・マシン/80万年後の世界へ』(1960)の時は18歳
『ブラックホール』の時点では37歳のはずですが、ちょっと老けすぎかな・・・

アーネスト・ボーグナイン
マーティ(1955)
この人にも若い頃があったのですね

充実しているのかミスキャストなのか微妙な配役・・・

最後に、この映画の舞台となった、ブラックホールについてちょっと。

だれでも知っているとは思いますが、ブラックホールとは重力が強過ぎるため、光すら脱出することができない星の事です。光さえ出てこられないので、黒い穴(ブラックホール)にしか見えず、観測することもも不可能。

それではどうしてその存在を知る事ができるのか? というと、ブラックホールが周囲に及ぼす影響、周りの空間の歪みなどを観測する事によって、その存在を予測する事ができるというわけです。

この映画では、どのブラックホールが舞台になっているのか明かされていませんが、登場する宇宙船の名前は「シグナス号」でした。

シグナス(Cygnus)とは日本語では「はくちょう座」を意味します。このはくちょう座にある「シグナスX-1」がブラックホールではないかと考えられている星の一つなのです。

これらの事実から考えると、

もしかしたらこの映画の舞台は「はくちょう座」では、と思ったら太陽系からの距離は約6000光年だとか・・・いくら壮大な物語の作品でも、ちょっと無理がありました。

ド迫力のクライマックス、ブラックホールへの突入シーン。
どうしてこの作品が失敗作扱いなのか不思議!?


異次元へのパスポート


『異次元へのパスポート』(1980)

銀河系に大爆発が起こり、巨大なエネルギーが生じた。
平穏に暮らすウィリアム一家に、突然襲った不思議な現象。
UFOや怪奇な怪物が出現、やがてウィリアムの家族は、異次元の世界へ引き込まれて行く・・・

製作はB級作品専門のチャールズ・バンド。以前に書いた『SFレーザーブラスト』(1978)とほぼ同じメンバーによる特撮。天才アニメーター、デヴィッド・アレンがストップモーションを担当しています。

この作品との出会いは、ある一軒のビデオ屋さん

タイトルとビデオのパッケージ、そして裏に書かれているあらすじを読んで、これは面白そうだ! と思い早速レンタルして鑑賞。

しかし、内容はあっと言う間に忘却の彼方。この作品を見たことすら忘れてしまいました。

そして数年後・・・

レンタルビデオ屋に行き、これは面白そうだ! と思いレンタルして・・・と、同じ作品でこれを三回も繰り返してしまった時には、さすがに自分が情けなかったです・・・

こんなアホらしい出来事は最初で最後。

それほどつまらない作品とは思いませんけど、ストーリーらしいストーリーも無く、ラストシーンもほとんど印象に残らなかったので・・・

この映画の見どころは、次々と起こる怪奇現象そのもの、という事になるのでしょう。


・超新星による気象の変化

・家の上空にUFOが現れる

・裏庭にピラミッド状の物体が出現

・少女の寝室にエイリアンが出現

・謎のマシーンが出現、家族を襲う

・モンスターが二体登場

・家ごと別世界へと運ばれてしまう

時間と空間の裂け目に迷い込んだ家族が遭遇する様々な怪奇現象は、それぞれ楽しめるものばかり。

しかし、

話が支離滅裂でわけが分からんのです。

元々は宇宙を舞台に、レーサーたちが活躍するアクション映画になるはずだったものが、予算の都合である家族が異次元から現れたモンスターと遭遇するという内容に変更を余儀なくされたのだとか・・・

(゚Д゚)???

内容の変更というよりも、全く別の話じゃないですか!

ラストは家族全員が再開し、新たな世界で新生活をスタートさせる、というハッピーエンド。


「銀河系が逆さまになった」とか「悪も時間も超越した存在に導かれた」という登場人物のセリフで一応の説明はされていますが、もう何が何だか・・・

完成までに様々なトラブルに見舞われたというこの作品。これ、やっぱり脚本が悪いのでしょうねぇ、はっきり言って駄作・・・かな。

ただ、

デヴィッド・アレンが動かした二体のモンスターたちの動きは、ストップモーション・アニメファン必見の映像。この作品の最大の見どころでしょう。ちなみに名前はウルフ・リザードとトロール・レディ。


暗すぎて良く見えないですけど・・・

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